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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)3号 判決

原告 田中さと 外八七名

被告 建設大臣

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五〇年一〇月一五日付建設省告示第一三六三号により日本国有鉄道に対してした別紙目録記載の事業の認定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文と同旨

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの地位

原告らはいずれも別紙目録記載の起業地(以下「本件起業地」という。)周辺に居住する者であり、請求の趣旨1記載の事業認定(以下「本件事業認定」という。)に係る事業(以下「本件事業」という。)施行に伴い生ずる高架軌道による日照遮蔽、列車通過時の騒音振動及び糞尿等による害、輪禍並びに工事による害等の公害を防止し、生活環境を保全するため本件事業認定の取消しを求める法律上の利益を有する者である。

2  本件事業認定の存在と本件事業の概要

(一) 訴外日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)は、昭和四二年一二月一四日付で被告に対し岡谷・塩尻間線路増設工事の事業認定申請をしたところ、被告は、昭和五〇年一〇月一五日付建設省告示第一三六三号により土地収用法(以下「法」という。)二〇条の規定に基づき本件事業認定をした。

(二) 本件事業の概要は次のとおりである。

(1) 目的

東京と名古屋を結ぶ中央本線のうち東京・塩尻間二三万七八〇〇メートル(以下「中央東線」という。)は、篠ノ井線を経て京浜地区と信越地区とを結ぶ我が国産業経済上重要な幹線であるが、経済の高度成長、松本・諏訪地区の新産業都市の指定、沿線観光地の開発等に伴い旅客・貨物の輸送需要が急激に増大したにもかかわらず、東京・高尾間を除き単線区間であること、岡谷・塩尻間延長二万七二〇〇メートルには一〇〇〇分の二五の急勾配や半径三〇〇メートルの急曲線が連続する部分があること等から安全輸送とスピードアップの隘路となっている。そこで、本件事業は中央東線全線複線化計画の一環として右難点を解消し、安全輸送の確保と輸送力の増強を図ることを目的として計画されたものである。

(2) 内容

本件事業計画案(以下「本件計画案」という。)は、中央東線のうち東京起点(以下「起点」という。)二〇万七一六〇メートル付近から二〇万七八〇〇メートル付近まで在来線の北西に三線を新設し、三線のうち在来線から最遠方の線を新設される中央東線(以下「新線」という。)上り線(以下「新上り線」という。)、在来線寄りの線を同下り線(以下「新下り線」という。)、中央は現在の中央東線と結び将来の飯田線とし、この三線は延長九三・二五メートルの第一天竜川橋梁(新設)を渡り起点二〇万七九〇〇メートル付近で新下り線と将来の飯田線とが立体交差し、これより先新上下線は延長六四・六五メートルの第二天竜川橋梁(新設)を渡つて並行して進み、起点二〇万八二八〇メートル付近から二一万四二七〇メートル付近まで延長五九九〇メートルの塩嶺隧道(新設)を通り、続いて二一万七五〇〇メートル付近まで複線を新設し、更にその先塩尻駅構内二一万八〇九八メートル付近まで一線増設し、在来線に連絡するものである。

3  本件事業認定の違法性

(一) 国鉄は、前記本件事業目的達成のため次の三案、すなわち第一案は、不諏訪・岡谷間で新線を在来線から分岐させ、新線は右地点から岡谷駅を経由することなく延長五二〇〇メートルの塩嶺隧道(新設)を通り塩尻と結ぶ案、第二案は、岡谷駅から天竜川を渡らずに成田町で将来の飯田線と新下り線とを立体交差させ右飯田線だけが新設橋梁を経て天竜川を渡り在来線と結合し、新上下線は天竜川を渡ることなく塩嶺隧道(新設)に入り塩尻と結ぶ案及び本件計画案を計画検討し、最終的には本件計画案を採用し本件事業認定申請に及んだものである。

(二) ところで、法二〇条三号に規定する「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること。」とは、事業計画がその事業目的達成のため他のいかなる計画案より優れ最適のものであることを要するとの趣旨であると解すべきところ、以下のとおり本件計画案は前記第一案、第二案及び後記第二案の修正案より劣るから、本件事業認定は法二〇条三号の要件を欠く違法がある。

(三) 第一案は、次のとおり公益、技術、経済のいずれの面においても本件計画案より優れている。

(1) 下諏訪駅から塩尻駅までの軌道延長が第一案では一万三一九〇メートルであるのに対し本件計画案では一万五三〇〇メートルであり、また新設隧道の長さが第一案では五二〇〇メートルであるのに対し本件計画案では五九九〇メートルであり、第一案は本件計画案に比し右軌道延長で二一一〇メートル、新設隧道の長さで七九〇メートルそれぞれ短く、更に第一案では天竜川を渡る橋梁を新設する必要はないから、第一案はこれらの点で本件計画案より優れている。

(2) 第一案の実施により撤去されるべき支障家屋数、買収を要する用地面積は、本件計画案を実施するより少ない。

(3) 仮に本件計画案に基づき塩尻側の用地買収が既に終了しているとしても、第一案の隧道も本件計画案の隧道と同様に塩尻側の上西条地内に開口するので、右買収用地を利用して支障なく本件計画案から第一案に計画転換できる。

(4) 新線が岡谷駅を経由しなくても岡谷駅は将来の飯田線の要衝となり、一方下諏訪十四瀬川から二六五〇メートルの隧道入口前八〇〇メートルの地点に新岡谷駅を設置すれば、岡谷市はその東北砥川横川の三角デルタ一帯に発展し、下諏訪町と共に諏訪新産業都市の中心地となり飛躍的発展を遂げることができ、しかも岡谷駅は二つの駅を持つことになる。

(5) 本件計画案の複線工事が狭い天竜川峡谷の民家密集地帯で行われるのに比し、第一案の右工事は広い平野の中で行われることになるからその施行が極めて容易である。

(6) 中央東線新宿・松本間には昭和五一年当時季節列車も含めて一日上下一八本の特急が運行されているが、そのうち岡谷駅に停車するのは僅かに上下各一本に過ぎず、新線が岡谷駅を経由しなければならない必要性に乏しい。

(7) 第一案を実施する方が前記のとおり軌道延長、隧道の長さが短く新設橋梁も不要であること等の理由から経費の莫大な節約となる。

(8) 国鉄は、第一案には最急勾配が一〇〇〇分の二五の部分があり許容勾配一〇〇〇分の二〇を超えるとの理由でこれを廃案としたが、実際には一〇〇〇分の二〇を超える勾配部分は存しないから、岡谷市を中核とする諏訪新産業都市の中心を通りかつ下諏訪と塩尻を最短距離で結ぶ第一案は、本件事業目的達成のための最優秀の案である。

(四) 第二案は、下諏訪駅から塩尻駅までの軌道延長及び中央東線のうち起点二〇万六一〇〇メートルから新設隧道までの区間延長がいずれも本件計画案より短く、また天竜川の新設橋梁の数、岡谷市における用地買収面積及び支障家屋数が本件計画案よりいずれも少ない点で本件計画案に勝るものである。しかし、国鉄は、第二案は岡谷駅構内に近接する地点で新線と将来の飯田線との立体交差を行わなければならないため、岡谷駅の塩尻側最遠ポイント及び岡谷駅構内を下諏訪(東京方面)寄りに移動させる必要があり、それに伴う線路等の付替工事の施行が技術的に至難であること等を理由に第二案を不採用とした。

(五) そこで、原告らは、第二案を修正し岡谷駅構内を移動させることなく新線と将来の飯田線を成田町で立体交差させる案(以下「修正案」という。)を本件計画案に勝る代替案として主張するものである。この案は、起点二〇万七〇三〇メートル付近から二〇万七五九五メートル付近まで在来線の北西に三線を新設し、三線のうち在来線から最遠方の線を新上り線、在来線寄りの線を新下り線、中央は将来の飯田線とし起点二〇万七五九五メートル付近で右飯田線が新下り線と立体交差し延長一三六メートルの新設橋梁により天竜川を渡り起点二〇万八二九八メートル付近で在来線に連結し新上下線は天竜川を渡ることなく並行して進み起点二〇万七九二五メートル付近で塩嶺隧道(新設)に入るものである。そして、修正案は、〈1〉中央東線のうち起点二〇万六一〇〇メートルから新設隧道までの区間延長が本件計画案では約二一八〇メートルであるのに対し、修正案では約一八二五メートルであつて本件計画案に比し三五五メートル短いこと、〈2〉天竜川の新設橋梁が本件計画案では三線の橋梁と二線の橋梁の二つを要するのに対し、修正案では単線の橋梁一つで足りること等の点で本件計画案に勝るものである。

(六) 以上のとおり、本件計画案は本件事業目的達成の観点からみて代替案すなわち第一案、第二案及び修正案のいずれにも劣ることは明らかであり、法二〇条三号に規定する「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること。」の要件をみたすものでないから、本件事業認定は違法である。よつて、原告らは、本件事業認定の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

1(一)  原告らは、いずれも本件起業地内の土地及び土地上の建物その他の定着物(以下「土地等」という。)について何らの権利を有しておらず、また本件起業地内に居住していないのであるから、以下のとおり本訴の原告適格を有しない。

(二)  法は、「公共の利益となる事業に必要な土地等の収用又は使用に関し、その要件、手続及び効果並びにこれに伴う損失の補償等について規定し、公共の利益の増進と私有財産との調整を図り、もつて国土の適正且つ合理的な利用に寄与することを目的」(法一条)とする法律であり、法二条には「公共の利益となる事業の用に供するため土地を必要とする場合において、その土地を当該事業の用に供することが土地の利用上適正且つ合理的であるときは、この法律の定めるところにより、これを収用し、又は使用することができる。」と定められている。ところで、法に基づく事業認定は、法一六条の「起業者は、当該事業又は当該事業の施行により必要を生じた第三条各号の一に該当するものに関する事業(………)のために土地を収用し、又は使用しようとするときは、この節の定めるところに従い、事業の認定を受けなければならない。」との規定からも明らかなように、それによつて初めて起業者の事業施行権限が認められるようになるとか、その権限や事業計画そのものに変更が生ずるとかいうものではなく、あくまでも法所定の「公共の利益となる事業に必要な土地等の収用又は使用」手続の一環として既に他の法令によつて当該事業の施行権限を付与されている起業者に対し当該事業に必要な土地等について法三五条以下の収用又は使用の手続をなしうる法的地位を与えるにすぎず、また事業認定の告示によつて生ずる土地の形質変更禁止(法二八条の三第一項)等の諸制限の及ぶ範囲は、起業地内の土地等に限られるのであつて、事業認定は、起業地内の土地等について何らの権利を有しない者に対しては、その法律上の地位に何らの変動も与えないものである。したがつて、本件起業地内の土地等について何らの権利を有しない原告らは、本件事業認定によつてその法律上の地位に何ら変動をきたすものではないから、いずれも本件事業認定の取消しを求める法律上の利益を有せず、したがつて、本訴の原告適格を有しない。

2  原告らは、本件事業施行に伴い発生する各種公害を防止し、生活環境を保全するため本件事業認定の取消しを求める法律上の利益を有する旨主張するが、原告らの右主張は以下のとおり失当である。

(一) 行政処分取消訴訟の原告適格を有する者は、法律に特別の定めがない限り、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによつてこれを回復すべき法律上の利益をもつ者に限られるべきであり、右にいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは行政法規が他の目的特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。本件事業認定の根拠法規たる法の目的は、前記法一条に規定されているとおりであつて、法が法的保護の対象としている個人的利益はもつぱら個人の財産権であり、したがつて原告らが主張する、公害を防止し環境を保全する利益(以下「環境利益」という。)は法上保護された利益にはあたらないから、原告らは本件事業認定の取消しを求める法律上の利益を有しない。

(二) 事業認定は、前記のとおり起業者に対し、事業施行権限を付与するものでもなければ、その権限や事業計画そのものに変更を生じさせるものではないから、仮に当該事業の施行によつて何らかの公害発生のおそれがあるとしても、それは事業の施行によつて生ずるものであつて、事業認定の結果生ずるものでもなければ事業認定が取り消されれば生じなくなるというものではなく、右公害発生のおそれは事業認定に起因するものではない。仮に起業地付近の住民が事業の施行によつて被害を受けるとするならば、法上の手続をとることなく任意買収によつて事業を施行する場合でも同様のはずであるからである。したがつて、原告らの環境利益が本件事業認定によつて侵害され又は必然的に侵害されるおそれはないのであるから、この点においても原告らは本件事業認定の取消しを求める法律上の利益を有しない。

(三) 更に、原告らは、本件事業の施行に伴い七〇ホンの騒音が予測される区域及び日照時間が四時間と予測される区域内に居住しておらず、しかも既に公害発生の有無が問題となる工事は終了しているのであるから、今後の本件事業の施行に伴つて原告らが受忍限度を超える公害を受けるおそれはありえない。

三  被告の本案前の主張に対する認否

被告の本案前の主張のうち、原告らが本件起業地内の土地等につき何らの権利を有していないこと及び原告らが右起業地内に居住していないことはいずれも認めるが、その余は争う。

四  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

1  原告らは本件起業地内の土地等について何らの権利を有しないから本訴の原告適格を欠く旨の被告の主張は、事業認定が確定し存続することを前提とするものであつて、事業認定の当否そのものが争われる本訴では原告らの原告適格を否定する理由にはなりえない。また事業施行による公害は、起業地に限定されず起業地に隣接した土地一帯に及ぶところ、事業認定前公聴会において意見を求められる「一般」の者(法二三条一項)、事業認定申請者の内容が縦覧に供せられる「公衆」(法二四条二項)及び意見書の提出ができる「利害関係を有する者」(法二五条)は、いずれも起業地内の土地等の権利者よりも広い範囲の者を意味し、起業地が所在する市町村の住民はこれに含まれるものと解すべく、就中本件起業地の所在する地域の一員である原告らは、本件事業認定の影響を直接受けるものであるから、本件事業認定の取消しを求める原告適格を有するものと解すべきである。

2  法二〇条三号に規定する「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること。」とは、前記のとおり事業計画がその事業目的達成のためいかなる代替案より優れ最適のものであることを要するとの趣旨であると解すべきであり、しかも本件のような線路増設工事の事業計画が最適なものであるか否かを判断するにあたつては、軌道延長、隧道の長さ、用地面積、支障家屋数、所要経費等の他に鉄道敷設による公害の大小をも併せ考慮すべきものであるから、本件事業施行に伴い公害を受ける原告ら本件起業地周辺住民は、最適の事業計画案の選択を求めて本件事業認定の取消しを請求する原告適格を有するものと解すべきである。そして、原告ら本件起業地周辺住民の環境利益は、法律上保護された利益であつて、国民一般が共通してもつ抽象的、平均的、一般的な利益等の反射的利益ではなく、具体的、特定的、個別的な利益である。

3  事業認定と起業地外の住民に対する法的利益の侵害との間には因果関係が存する。すなわち、仮に事業認定は得ただけで、起業者がこれによる法上の強制力行使の手続をとることなく土地等の任意買収ができたとしてもそれは事業認定の強大な効果を背景とした右土地等の所有者及び関係人に対する心理的圧迫によるものであつて、事業認定と任意買収との間の因果関係は否定できず、したがつて事業施行による公害発生のおそれも結局事業認定に起因するものというべきである。

4  本件事業施行によつて生ずる日照遮蔽、騒音、振動等による被害の具体的内容は次のとおりである。

(一) 原告らの居住する岡谷市橋原地区は、地形上日の出が遅いところへ本件事業によつて高架鉄道が設置されたため日照の二重遮蔽となり、一二月から三月までの寒冷期には雪や氷が解けず寒さが倍加し、また高架鉄道下の道路は、結氷積雪で自転車、バイクの通行はもとより自動車の通行もタイヤ・チエーンの装備なしには不可能あるいは困難であるし、歩行も不可能に近く農作物も悪影響を受けており、更に原告らは、右高架鉄道列車通過時の騒音、振動による被害を受けている。

(二) 中央東線のうち起点二〇万七八〇〇メートル附近の踏切が廃され、同附近に高さ約一五メートルの高架歩道橋が設置されたが、幼児・高齢者が右歩道橋を渡橋するにはかなりの負担となり、ことに冬期は凍結による危険が伴うため墓参り、お宮参り等のための交通に支障をきたしている他、耕運機が迂回をしなければならない等農作業のための交通にも影響を与えている。

(三) 天竜川を横断する高架鉄道橋下部に設置された歩行用の橋では自転車の使用が禁止されているため原告ら付近住民に不便をきたしている。

五  被告の本案前の主張に対する原告らの反論に対する認否

1  被告の本案前の主張に対する原告らの反論1ないし3はいずれも争う。

2  同4について

(一)の事実のうち、高架橋により部分的に若干日照時間が少なくなるところがあることは認めるが、原告らが高架鉄道列車通過時の騒音、振動による被害を受けているとの点は不知、その余は争う。

(二)の事実のうち、原告ら主張の踏切が廃止され、原告ら主張の構造の高架歩道橋が設置されたことは認めるが、その余は不知。

(三)の事実のうち、原告ら主張の歩行用の橋が設置されたこと及び同橋では自転車の使用が禁止されていることは認めるが、その余は不知。なお、右歩行用の橋は、国鉄と岡谷市及び橋原・三沢両区との協議に基づき設置されたものであり、自転車の使用禁止は危険防止のため道路管理者である岡谷市が定めたものである。

六  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、花岡ふみ子、伊藤直幸、笠原市子、林正人、花岡千歳、小松かつ江以外の原告らが本件起業地周辺に居住していることは認めるが、その余は争う。

2  同2の事実はいずれも認める。

3  同3の事実について

(一) (一)の事実は認める。ただし、国鉄が本件事業目的達成のため計画検討した案は原告ら主張の三案だけではなく、国鉄は右三案を含む数案を検討した結果本件事業案を最終的に採用したものである。

(二) (二)の主張は争う。

(三) (三)の冒頭部分は争う。(1)のうち、第一案が本件計画案より優れているとの点は争う。その余は認める。(2)は否認する。(3)のうち、第一案の隧道も本件計画案の隧道も塩尻側ではいずれも上西条地内に開口するものであることは認めるが、その余は争う。(4)は否認する。(5)のうち、第一案の実施が本件計画案の実施より極めて容易であるとの点は否認し、その余は認める。(6)のうち、新線が岡谷駅を経由しなければならない必要性に乏しいとの点は否認し、その余は認める。(7)は否認する。(8)のうち、国鉄が第一案を廃案とした理由は認めるが、その余は争う。

(四) (四)の事実のうち、第二案は下諏訪駅から塩尻駅までの軌道延長及び中央東線のうち起点二〇万六一〇〇メートルから新設隧道までの区間延長がいずれも本件計画案より短く、また天竜川の新設橋梁の数が本件計画案より少ないこと、国鉄が第二案を不採用とした理由は認めるが、第二案が本件計画案に勝るとの点は争う。

(五) (五)、(六)は争う。

七  被告の主張

1  本件計画案は、以下のとおり第一案、第二案及び修正案のいずれよりも優れており、「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること。」(法二〇条三号)の要件を充足している。

(一) 本件事業のような鉄道の線路増設工事に関しそのルート選定にあたり、「土地の適正且つ合理的な利用」の観点から考慮すべき要件は、〈1〉鉄道建設に関する各種規程に適合し、かつ、事業の施行が著しく困難でないこと、〈2〉事業の目的である輸送力の増強を十分みたすものであること、〈3〉収用される土地、移転を要する物件が少ない等土地所有者等に及ぼす支障が少ないこと、〈4〉鉄道駅に関連した既存の都市機能や今後の都市形成に支障を生じないことである。本件計画案は、次のとおり右要件をいずれも充足するものである。

(1) 本件計画案は、国鉄の線路管理規程(昭和三九年四月一日総裁達第一七九号)、線路基本構造基準規程(同年七月三〇日施建達第一号)、軌道構造基準規程(同年一二月一五日施達第一三号)、軌道構造標準(同四六年一〇月一日施保第五九九号)、建造物基本構造基準規程(同四〇年九月三〇日建施達第四号)、同三九年八月三日付線路増設の場合の軌道構造の標準等に定められている基本的要件を充足しており、また現在線を運行しつつ事業を施行することにつき技術的困難は何ら存しない。

(2) 本件計画案は、単線を複線化し将来に予測される輸送需要の増加に対応して輸送力を増強できるものであり、また線路の増設及び短絡により現在線より所要時間を短縮し輸送の利便を増進するものである。

(3) 本件計画案は、第一案及び第二案に比し事業施行に必要な用地の取得面積及び支障家屋数がやや少ないので土地所有者及び関係人に及ぼす影響が少ない。

(4) 本件計画案は、岡谷駅を経由し旅客・貨物の輸送上従前のサービス水準を低下させないので、岡谷駅を中心とした地域の発展上支障がないものである。

(二) 第一案は、以下の欠陥があるから、本件計画案より劣るものである。

(1) 第一案は、岡谷駅を経由しない点で岡谷市周辺地域の発展上支障がある。すなわち、岡谷市は諏訪地方最大の都市であり、岡谷駅は昭和四九年当時乗降客一日当たり約一万〇六〇〇人、貨物の発着トン数一日当たり約三八〇トンに及ぶ中央車線上重要な輸送拠点であるが、新線が岡谷駅を経由しない場合には、岡谷駅は将来の飯田線の中間駅扱いとなるため、同駅発着旅客列車数が大幅に減少することが予想され、旅客サービスの著しい低下となる等の問題が生じ、また岡谷地区の貨物輸送の利便の増進を阻害し、ひいては岡谷市周辺地域の発展の支障となる。

これに対し原告らは、前記のとおり新線が現在の岡谷駅を経由しなくても新線上に新岡谷駅を設置することによつて岡谷市周辺地域の発展に支障をきたさない旨主張する。しかしながら、〈1〉岡谷市の既存の都市機能は現在の岡谷駅を中心として整備されており、可能な限り現在の岡谷駅の活用を図るべきであること、〈2〉原告ら主張の新岡谷駅付近は最近住宅地として発展していること、〈3〉右新岡谷駅付近では、線路が盛土又は高架となるため貨物駅の併設が難しいこと等に照らして、原告ら主張の新岡谷駅の設置は、土地の利用上適当とはいえない。

(2) 第一案では、最急勾配が一〇〇〇分の二五となり線路基本構造標準規程八条に違反する。

(3) 用地取得面積及び支障家屋数が本件計画案より第一案の方がやや多い。

(4) 線路増設工事の難易は、具体的なルートに即し、地形、地質、支障物件の分布等により判断されるべきところ、第一案の工事が広い平野の中で行われるのに比し、本件計画案の工事はこれより狭い天竜川峡谷の民家密集地帯で行われることになるとしても、かかる事情のみをもつて第一案の工事が本件計画案の工事よりも容易であるとはいえない。

ちなみに、第一案の隧道工事の施行は、〈1〉隧道の地質が本件計画案の場合より優勢な断層に遭遇し、しかも隧道が安山岩の変質度が高い不安定な破砕帯を通過することになること、〈2〉隧道の下諏訪側入口と塩尻側入口との高低差が約五〇メートルとなること等の悪条件があり、本件計画案の施行より劣る。

(5) 第一案の沿線に教育施設があり、第一案を実施するとこれに悪影響を与える。

(6) 隧道の工費については隧道の延長のみではなく、工事の難易・地形・地質等の総合的な事情により決定されるものであり、また総工事費の額の多少は、隧道及び橋梁工事以外の部分をも含めて決定されるものであることから、隧道の長さが短いとか、橋梁が不要であるからといつて、経費が必ずしも節約されるものではない。

(三) 第二案は、前記ルート選定にあたつての基本的要件に関し以下の難点を持つから本件計画案より劣る。すなわち、第二案は、線路勾配の補正、競合条件回避の関係上新線と将来の飯田線との立体交差を岡谷駅構内に近接する地点で行わなければならないため岡谷駅構内で線路等の大規模な付替が必要となり、現行の列車の運行及び客貨の取扱いを確保しつつ右付替を行うことは極めて困難であるという欠陥を持つ。

(四) 次に、原告主張の修正案にも、以下の欠陥がある。

(1) 原告らは、修正案は本件計画案に比し区間延長が三五五メートル短く、天竜川を渡る新設橋梁の数が少ない点で、優れている旨主張する。しかしながら、まず右区間延長の点は、駅間延長に対し僅か約三パーセントのメリットであり、また新設橋梁の数の点は、本件計画案の橋梁が構造及び既存の都市機能維持の面から何ら問題がないのに対し、修正案の橋梁は極端な鋭角を持つ斜角下路トラス橋となつており、このような斜角橋梁では左右の支承の負担する反力が不均衡となるため支承部や桁の部材連結部に変動が生じやすく、構造上保守に難点があり、しかも橋梁端部における主構の撓差が大きくこれによつて左右のレール面に高低差が生ずるため列車走行時の安全面に問題がある。のみならず、橋脚が、構造上市道天竜川通り支線の幅員内に設置されることになるため道路の付替が必要となり、右付替に伴う道路形態悪化による都市機能低下の難点がある。

(2) 修正案では、中央線上り線及び将来の飯田線の起点二〇万七〇二〇メートル付近に半径八〇〇メートルの曲線が挿入されており、また同曲線が塩尻側に向い右側に振られているためプラツト・ホーム(以下「ホーム」という。)上の旅客のホーム進入列車に対する確認が遅れることとなり、同部分が直線である本件計画案よりホーム内の事故防止の観点から劣るものである。また修正案の右曲線の交角は六度であり、直線延長上三〇〇メートル先では線路が約三〇メートル右方に位置し、ホーム上に上家の柱及び電車線支持柱等が存在することになるため、接近する列車に対するホームからの見通しは予想以上に悪くなる。

(3) 修正案は、右曲線の挿入に伴い中央東線下り線を同上り線寄りに移動させることとしているが、この案によると岡谷駅下りホームの終点方約三〇メートルは、日本国有鉄道建設規程三七条により必要とされるホームの最少幅員三メートルを確保できないため起点方へ付替等のホーム改築が必要となり、同じく同条により必要とされるホーム縁端から地下道の高欄までの最小距離一・五メートルを確保するため地下道の改築が必要となり、いずれも大規模な改築工事となる。

(4) 修正案では、起点二〇万六八八〇メートル付近に勾配変更点が設けられ岡谷駅構内に一〇〇〇分の三の勾配が挿入されているため、同部分がレベルとなつている本件計画案に比し、駅構内の車両入換機能が大幅に低下する。

(5) また右勾配の挿入に伴い新線切換地点となるべき起点二〇万七一〇〇メートル付近で在来線の施工基面高との間に約〇・六メートルの高低差が生じているため、在来線を大幅に扛上しなければならない。この扛上区間は駅構内であり、分岐器が多数(一〇組)あるため架線が多数張られており、しかもそれらの架線は一つのビームによつて吊架されていることから扛上する線路に関係する架線のみならず他の架線をも上げることになるため他の多数の線路をもあらかじめ扛上しておく必要が生ずる等この線路扛上作業には多数の作業人員及び作業時間を必要とするうえ、扛上量、扛上区間及び線路扛上のため使用する道床バラストの蓄積場所が作業現場付近にないこと等に照らすと作業自体数回に分けて実施する必要がある。したがつて、右作業はその施行自体困難であるのみならず、在来線の運行に対する支障が極めて大きなものとなる。

(6) 修正案では、新上り線起点二〇万七三四〇メートル及び二〇万七六五七メートルの各勾配変更点(いずれも下り勾配中のもの)が半径六〇〇メートルの曲線内にあるが、これは貨物列車の競合脱線事故の起きるおそれがある線形であつて、前記軌道構造標準8(2)(線形条件)により線路増設等の場合にはこのような線形を避けることとしている。

(7) 修正案では、起点二〇万七六〇〇メートル付近で新下り線と将来の飯田線が立体交差するが、この立体交差に必要な高さは六・四四メートルであるのに対し約一六センチメートル空高不足となつている。

2  以上のとおりであつて、本件計画案は、本件事業目的達成の見地からみて第一案、第二案及び修正案の代替案より優れていることは明らかであり、法二〇条三号に規定する「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること。」の要件を充足している。したがつて、本件事業認定に原告ら主張の違法は存しない。

八  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実について

(一) 冒頭の主張は争う。

(二) (一)の事実のうち、(3)は否認し、その余は不知。なお、(1)、(2)及び(4)の主張が肯定されるとしても、それらは第一案、第二案及び修正案のいずれについても共通するものである(ただし、第一案については(4)のうち新線が現在の岡谷駅を経由するという点は除く。)。

(三) (二)の冒頭の主張は争う。(1)は争う。(2)のうち、第一案の最急勾配が一〇〇〇分の二五となるとの点は否認する。(3)は否認する。(4)ないし(6)は争う。

(四) (三)、(四)の(1)ないし(6)は争う。(7)は否認する。

2  同2は争う。

九  原告らの反論

1  修正案には、以下のとおり被告主張の難点はなく本件計画案より勝るものである。

2(一)  被告は、修正案の天竜川を渡る橋梁が構造上列車走行時の安全面に問題があるうえ、既存の都市機能を低下させる欠陥がある旨主張するが、当該橋梁の橋脚を市道の幅員外に設置することが可能でありそれによつて右道路の付替が不要となるから、被告主張の都市機能低下の問題は生じないし、また斜角橋梁に列車走行時の安全性の問題が伴うとしても、修正案では二径間連続トラス構橋を採用することによつて右安全性の問題を解消している。

(二)  被告は、修正案の中央東線上り線及び将来の飯田線の起点二〇万七〇二〇メートル付近に半径八〇〇メートルの曲線が挿入されていることを非難するが、同曲線部分の湾曲は緩やかで直線に近く、進入列車に対する見通しは可能であり、列車運行上の危険防止の点について何ら支障はない。

また在来駅の改良工事が行われる場合、曲線を挿入することは通常行われていることであつて、岡谷駅についてだけこれが許されないとする理由はない。

(三)  被告は、右曲線の挿入に伴い中央東線下り線が同上り線寄りに移動し、ホーム及び地下道の大規模な改築工事が必要となる旨主張するが、地下道の改築は全く必要なく、ホームも右下り線ホーム塩尻側縁端を若干削る程度で足りるのであるから、被告の右主張はあたらない。

(四)  被告は、修正案では岡谷駅構内起点二〇万六八八〇メートル付近に勾配変更点を設けていることを非難するが、右勾配は前記規程で許されている一〇〇〇分の三の範囲にあるから、これを非難するにはあたらない。ちなみに、本件計画案でも起点二〇万六七九二メートル付近に一〇〇〇分の二・五の勾配変更点を設けている。

(五)  被告は、右勾配の挿入に伴い在来線の大規模な扛上工事が必要となり、しかも線路扛上のため使用する道床バラストの蓄積場所が作業現場付近にないこと、扛上区間に分岐器が一〇組あること、多数の架線の扛上も必要となること等から作業自体困難であるのみならず、在来線の運行に支障をきたす旨主張する。しかしながら、線路扛上に必要な道床バラストは新線上に蓄積可能であるし、また作業自体は通常の保線作業に準じてできる範囲で進行すれば良いので大規模な工事とはいえないし、更に架線の線路上の高さは五メートルから五・四メートルの範囲内にあるから、線路扛上作業が進行した状態で一度だけ架線扛上のための切換工事を行えば作業時間を短縮できるし、在来線の運行に対する支障が増幅されることもない。なお、修正案の線路扛上区間に一〇組の分岐器が存在するとしても、本件計画案の線路扛上区間には分岐器が二一組含まれておりこの点をもつて修正案を非難するにあたらない。

(六)  被告は、修正案では新上り線起点二〇万七三四〇メートルの勾配変更点及び二〇万七六五七メートルの勾配変更点(いずれも下り勾配中のもの)が半径六〇〇メートルの曲線中にあり、このような線形は脱線事故の起きるおそれがある線形である旨主張するが、右曲線半径を六〇〇メートルから六二〇メートルに修正することが可能であり、これによつて勾配変化は一〇〇〇分の九・二となり一〇〇〇分の一〇以下の範囲にあるから、ガードレールを使用しなくても脱線のおそれのない線形となる。右修正により新下り線と将来の飯田線との立体交差点が若干移動するが、立体交差に必要な空高は確保できる。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因2の事実(本件事業認定の存在と本件事業の概要)については当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らが本件事業認定の取消しを求める原告適格を有するかどうかについて判断する。

1  行政庁の処分の取消訴訟を提起できる者は、行政事件訴訟法九条の規定により法律に特別の定めがない限り、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによつてこれを回復すべき法律上の利益を有する者に限られるべきであり、右にいう法律上保護された利益とは、実体法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保護されている利益であつて、当該係争利益が法律上保護された利益にあたるかどうかは、当該処分の根拠とされた実体法規が当該利益を一般的、抽象的にではなく、個別的、具体的な利益として保護する趣旨を含むか否かによつて決せられるべきものと解するのが相当である。

2  右の点につき、原告らは、本件事業施行によつて原告ら本件起業地周辺住民の公害を防止し、環境を保全する利益すなわち環境利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるから、本件事業認定の取消しを求める法律上の利益を有する旨主張するので、以下これを検討する。

(一)  法は、憲法二九条三項の「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のため用ひることができる。」との規定の趣旨を受けて「公共の利益の増進と私有財産との調整を図り、もつて国土の適正且つ合理的な利用に寄与することを目的」(法一条)として制定されたものであるが、法の規定する土地収用手続は、公共の利益となる事業の遂行による公共の利益の増進と起業地内の土地等の所有者及び関係人の私有財産の保護との調整を図る制度であるから、法が法的保護の対象としている個人的利益は、専ら起業地内の土地等の所有者及び関係人の財産権ないし財産的利益であると解される。

しかして、事業認定手続は、土地等の収用又は使用の要件を具体的に判断し既に法令によつて当該事業の施行権限が付与されている起業者に対し当該事業に必要な土地等について法所定の収用又は使用をなしうる法的地位を付与する手続(法一六条)であり、事業認定の告示があると起業地について土地の形質変更が禁止され(法二八条の三)、土地調書、物件調書作成のため立入調査が認められ(法三五条一項)、起業者に対して裁決申請権(法三九条一項)、土地所有者又は土地に関して権利を有する関係人に裁決の申請をすべきことの請求権(同条二項)、補償金の支払請求権(法四六条の二)が認められるが、これらの効果の及ぶ範囲はいずれも起業地内の土地等に限られ、したがつて、事業認定により法律上の地位に影響を受ける者も起業地内の土地等の権利を有する者のみであり、単に起業地付近に居住する者あるいは起業地外の土地等の権利を有する者には右効果の及ばないことが明らかである。本件において原告らが本件起業地内の土地等について何らの権利を有していないことは当事者間に争いがないから、本件事業認定によつて原告らの法律上の地位には何らの変動をもたらすおそれはないといわなければならない。

更に法二〇条三号が事業認定の要件として「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること。」を規定している趣旨は、土地が適正かつ合理的に利用されることになるか否かを専ら国民経済的、専門技術的な観点に立つて、起業地内の土地等の権利者の不利益と土地収用により実現される事業によりもたらされる公共的利益とを比較較量することによつて判断すべき義務を行政庁に課したにとどまるものと解すべきであり、環境保全に対する配慮については、その範囲、程度、方法等につき明文の規定はおかれていないから、同号が付近住民に対して環境利益を個別的、具体的に保障する趣旨を含むものと解することは相当でない。

もつとも、法は、事業認定機関である建設大臣又は都道府県知事は、必要があると認めるときは公聴会を開いて一般の意見を求め(法二三条)、事業認定申請書等を関係市町村に送付し、これを公衆の縦覧に供させること(法二四条)、事業認定について利害関係を有する者は意見書を提出することができること(法二五条)を規定しており、右の利害関係を有する者は起業地内の土地所有者又は土地に関して権利を有する関係人に限られず、当該事業により何らかの被害を受ける付近住民も含まれると解されるが、右の意見書の提出等は多くの人々の意見を参考とし、できる限り公正妥当な事業認定が行われるための判断資料を得ることを目的とするにとどまり、事業認定機関に対する法的拘束力をもつものでないことはいうまでもない。したがつて、右規定から付近住民の環境利益が個別的、具体的に保障されているとみることも困難である。

(二)  これに対し原告らは、事業認定の効果の及ぶ範囲が起業地内の土地等の所有者及び関係人に限られるとしてもこれは事業認定が存続することを前提とするものであり、事業認定の当否そのものが問題とされている本訴では、右効果の及ぶ範囲が限定されていることをもつて原告適格を制限する理由にはなりえない旨主張する。

しかしながら、前述した事業認定の効果の及ぶ範囲は、事業認定が存続する場合においても、また事業認定の当否が争われている場合においても変わるところはなく、したがつて、原告適格の範囲が変動することもありえないのであるから、事業認定の当否そのものが争われる場合は事業認定の効果の及ぶ範囲が当該訴訟の原告適格の有無に影響を与えない、とする原告らの右主張は、原告ら独自の見解であつてこれを採用することはできない。

次に原告らは、事業施行によつて生ずる公害は、起業地に限らず起業地周辺一帯に及ぶものであるから、原告ら本件起業地周辺住民は、本件事業認定の取消しを求める法律上の利益を有する旨主張する。

しかしながら、前述のとおり、原告らが本件訴えにおいて原告適格を有するか否かは事業認定の根拠とされた実体法規が環境利益を個別的、具体的な利益として保護する趣旨を含むか否かにより決せられるところ、法は事業認定に関し付近住民に対し環境利益を個別的、具体的に保障する趣旨を含むとは解することができないから、原告らの主張する公害被害から保護さるべき利益は単なる事実上の利益にすぎず、原告適格を認める根拠たりえないのみならず、事業認定は、既に法令によつて当該事業の施行権限が付与されている起業者に対し当該事業に必要な土地等について法所定の収用又は使用の手続をなしうる法的地位を付与する手続にすぎないのであつて、仮に当該事業の施行によつて起業地周辺に何らかの公害発生のおそれが生ずるとしても、土地等の任意買収によつて事業が施行される場合においても同様に公害発生のおそれは生じうるのであるから、右公害発生のおそれが事業認定に起因するとはいえない。よつて、原告らの右主張はいずれにせよ採用できない。

次に原告らは、法二〇条三号は、事業計画がその事業目的達成のため最適のものであることを要するところ、右の要件を判断するについては事業実施による公害の大小をも考慮すべきであるから、原告らは、最適の事業計画案の選択を求めて本件事業認定の取消しを求める原告適格を有すると主張する。

しかしながら、仮に原告ら主張のように法二〇条三号の要件を判断するについて事業計画の最適性、公害の有無・程度を判断すべきであるとしても、それは同号の要件の存否の判断、すなわち本件事業認定の違法事由の存否の判断に関するものであつて、原告適格の有無とは無関係である。よつて原告らの右主張も理由がない。

また原告らは、事業認定による法上の強制力行使の手続をとらずに土地等の任意買収によつた場合でも、それは事業認定の強大な効果を背景とした右土地等の所有者及び関係人に対する心理的圧迫によるものであるから、事業認定と任意買収との間の因果関係を否定することはできず、したがつてこの場合の事業施行によつて生ずる公害発生のおそれも事業認定に起因するものである旨主張する。

しかしながら、原告ら主張の事業認定による起業地内の土地等の所有者及び関係人に対する心理的圧迫と右土地等の任意買収との間に法的因果関係は認められないから、原告らの右主張はその前提において失当であつて、これを採用することはできない。

(三)  以上のとおりであつて、原告らは、いずれも本件事業認定の取消しを求める法律上の利益を有するものとは認められないから、本件訴えは原告適格を欠く不適法なものである。

三  よつて、原告らの本件訴えは、原告適格を欠く不適法なものであるから、その余の点について判断するまでもなくいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 満田明彦 大鷹一郎)

当事者目録、目録〈省略〉

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